

5/18 アンティーク・リング・ケース
#105 UPしました!!
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#102 UPしました!!

エドワーディアン、アールデコの指輪の中でも
エンゲージメントリング(婚約指輪)として
デザインされた指輪は、近年高い人気を得ています。
その理由は
ホワイトゴールド、プラチナなどの銀色を基調とした
メタルフレームにダイヤモンドのシンプルな色合いが
どんな装いにも合わせ易いこと、そして昔ならではの
精巧な細工がされているにもかかわらず
生涯身に着けられる丈夫な造りにあると思われます。
太古の昔から、地球上のあらゆる生き物の中で、人類だけがジュエリーと呼べるものを創造してきました。貝殻に紐を通し首にかける、動物の骨や牙で
ネックレスを作りお守りとする。こうしてジュエリーの歴史が始まりました。そもそも、ジュエリーの歴史はお守り(Amlet])に始まったと言えそうです。
貝殻や骨に代わり宝石が使われるようになってからも、人々は石に宿る不思議な力への信仰を持ち続けました。
ジュエリーの様式は各時代の文化、ファッションといった、おおよその時代区分の背景を表しています。”おおよそ”というのは、年号の上で一つの時代に
終止符が打たれた後も、人々の生活、嗜好の変化には何年もの時間を要したからです。現代のファションの様に流行のスタイルが一瞬にして変わる
ということはあり得ませんでした。
1700年初頭から1830年代にかけての、ジョージアンと呼ばれる時代区分は、ジョージ、一世、二世、三世、四世、の四代に渡り、100年以上続きました。
金、ダイヤモンドは常に高価で貴重であった為、残念ながらジョージアンジュエリーの多くが長い歴史の中で分解され、新しいジュエリーに作り替えられて
しまいました。古い時代のジュエリーを保存しようという意識が薄かった昔、(そして、つい近年まで)すべての時代のアンティークジュエリーが辿った運命ですが、
特にジョージアン初期のジュエリーは希少で、現在残っているもののほとんどは、ジョージアン後期の作品と言われています。ガーネット、トパーズ,サンゴと共に
素朴なローズカットのダイヤモンドが多く使われています。ローズカットダイヤの光の反射を助けるためにダイヤの裏に箔を貼ったクローズドセティングが
用いられており、こまめな手入れが要求されました。初期に造られたものは少しゴツゴツとした男性的な印象を与えますが、次第に細やかな細工が施された
繊細なデザインへと変貌していきます。モチーフには、リボン、花、月、などが見られますが、これらのモチーフは、その後もジュエリーの歴史を通して
繰り返し使われていきます。
ビクトリア女王がプリンス・アルバートと結婚したのが1840年、長期にわたるビクトリア期の本格的な始まりです。ジュエリーをこよなく愛した女王が、
自らデザインし、好んで身につけたジュエリーのスタイルが、そのまま50年以上に渡り、この時代のジュエリーの歴史を作りました。1861年にアルバート王が
亡くなると、女王は宮廷の人々に3年間の喪服の着用を命じたと言われています。その間、女王が身につけたモーニングジュエリー(Mourning は
嘆き悲しむ、喪に服すという意味)がポピュラーとなり、家族を亡くした女性が、喪中に、亡くなった人の髪の毛を収めた指輪やブローチなど、黒を基調とした
ジュエリーを身につける事が一つの習慣となりました。その後、長い喪から放たれた宮廷の女性たちは、もう一度華やかでロマンティックなジュエリーを
享受する訳ですが、花,鳥、三日月、リボン、ハートをモチーフとしたビクトリアンジュエリーの根本には、常にセンチメンタル(感傷的)なシンボリズムが
漂っていたようです。宝石はガーネット、アメジスト、オパール、シードパールなどが多く使われていましたが、1867年に南アフリカでダイヤモンド鉱山が
発見されてからは、以前にも増してダイヤモンドを使ったジュエリーが数多く作られるようになりました。
ビクトリア女王の王子、エドワード七世が56歳にして国王に即位したのは1901年ですが、その妻アレクサンドラ妃は、老ビクトリア女王存命中、既に
ジュエリー界の流れに大きな影響を及ぼしていたと言われています。エドワード期を1901年からとするものや、1890年代からとするものなど、
エドワーディアンの始まる年代が文献に寄ってまちまちなのはその為とも思われます。時代区分はエドワード期と呼ばれていますが、ジュエリーの傾向を
決定したのはアレクサンドラ妃でした。デンマークから迎えられたこの花嫁は、それまでの重厚感のあるジュエリーとは異なる、繊細で気品溢れるスタイルを
作り上げて行きました。ダイヤモンド、パールなど、無色に近い宝石を、レースのように透明感のあるプラチナのオープンワークが飾ります。
WHITE ON WHITE “白の時代”の始まりです。
このデリケートにしてフェミニンなエドワード様式のジュエリーは、1910年エドワード七世、没後も多くの女性に愛され、アールデコ期に受け継がれていきました。
アールデコ初期のジュエリーにはエドワード様式の影響が色濃く残されており、その為エドワード期を1910年で終わりとせずに、1920年頃始まるアールデコの
時代まで継続したと考える人も多い訳です。
アールヌーボーとエドワード期はほぼ同じ時代を共有しながら、非常に異なった様式を持ち、それぞれの影響をほとんど見ることが出来ません。
アールヌーボーのジュエリーでは、PIQUE A J”OUR と呼ばれるエナメル細工を使い、蜂、コウモリ、菊、タンポポ、架空の動物、女性の顔などのモチーフが
かなり具象的に表現されました。マテリアルにも象牙、アンバー、ガラス、準貴石など、当時のジュエリーには珍しいものが用いられ、エドワーディアンの
WHITE ON WHITE とは対照的とも言える、色彩豊かなジュエリーが作られました、
エドワーディアン後期にコルセットを脱ぎ棄て、市民権運動を始めていた女性たちがアメリカで念願の投票権を獲得したのが1920年。進歩派の女性たちは
以前にも増して肌を露出するドレスを着用するようになり、ココ シャネルが ”LITTLE BLACK DRESS”を発表したのもこの時代です。1925年に
パリで開催されたアール デコラティフ エクスポで アールデコのスタイルは一つの時代様式として確立され、ジュエリーにとどまらず、建築、車、インテリア
生活日常品に至る全てのデザインに影響を及ぼしました。直線と曲線の組み合わせ、ジグザグ模様などの幾何学的なパターンを使い、エジプトや東洋の
モチーフが巧みにスタイライズされ、洗練されたフォルムが形成されました。エドワード期から引き続がれた WHITE ON WHITE と平行して、
色鮮やかなジュエリーや、ベイクライトなどの新素材を使ったアクセサリーも数多く作られました。こうした、非常に高価な宝石から比較的安価な
ベイクライトやラインストーンまで様々な素材が使われ、ありとあらゆる文化からインスピレーションを受けながらも、そのデザインに一貫してアールデコの
特徴を見ることの出来る不思議なジュエリーの時代とも言えます。女性が変わる事によってジュエリーが変わると言われますが、この場合の女性とは、
一人の女王ではなく、多くの女性の意識の変化が一つのスタイルを作り上げたと言って過言ではないと思います。
太古の時代のお守りと違い、ジュエリーは贅沢品であり、生活に無くてはならないものではありません。けれど、美しいものは人をウットリさせる力が
あるのだと思います。大自然の美しさにはかなわないかもしれません、それでも私たちをほんの少し幸せな気持ちにしてくれる贅沢品です。
どの時代のジュエリーにもそれぞれの美しさがあり、人々の想いが込められています。私たちは、それを大切にして次の世代に残して行かなければと思います。